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山ん中の獅見朋成雄 

山ん中の獅見朋成雄 (講談社文庫 ま 49-5)山ん中の獅見朋成雄 (講談社文庫 ま 49-5)
舞城 王太郎 (2007/03/15)
講談社

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あのねえ、成雄君、前から思ってたんだけど、
君、目の前にあるもの、とりあえず全部丸呑みにするっていうの、やめた方がいいよ。
なんかそれのせいで、結構損って言うか、余計な回り道ばっかりしてそうなんだもん。

(本文より)



自分って何者なんだろう。
まぁ、そんな問いに答えなんて出ないし、出た!とか言うヤツは信用ならん。
自分ってこういう人間かなぁ…、と思っていても、
自分でも驚くような行動や思想を持っていることに気が付くこともある。

成雄は鬣が生えている少年だ。
自分にとってはコンプレックスでしかない鬣。
それを剃り落とした時、成雄はガラリと人間が変わってしまう。
平気で人を殺し、平気で人を食べる。
でも、それは鬣を剃り落とした事と関係があるのかな?
成雄だけでなく、人間ってのは平気で人を殺し、平気で人を食える存在なんじゃないか?

『食う』という行為は、人間が生きていく上で絶対に必要である。
生きる為に、他の動物や植物を殺す。
味覚という感覚器官を有しているし、生きる上(特に、赤ん坊の時とか)で、【美味い】という認識は重要なことだ。
【美味い】から『食う』
じゃあ、人間が【美味い】としたら、やっぱり人間は人を『食う』んじゃないかな。
倫理観がどうこうとか、単純な不快感を覚えないとしたら。

…あれ?モラトリアムな少年の話から、カニバリズムの話になってしまったw
でも、この『山ん中の獅見朋成雄』を語る上で、カニバリズムは避けては通れない事かもしれんな。
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